ベタニヤ内科・神経内科クリニック

診療案内
院内紹介
診療時間
アクセス
カウンセリング

院長のプロフィール
キリスト教と私

ALSと呼吸器
エッセイ
緩和ケア

◆ 語らい深める能舞台に感銘
2001年、ユネスコは日本の能を「人類の無形遺産の傑作」に指定した。能を知らないた私には、なぜ傑作なのかわからなかったが、女流能楽師の謡う「砧(きぬた)」を聞く機会があり、納得した。     
世阿弥によるこの能のあらすじは、ある夫が妻を残して出張した。3年で帰る予定が帰られず、妻は寂しさと嘆きにとらわれた。そして夫は心変わりしたと恨みつつ死んだ。妻の訃報に急ぎ帰国した夫に、妻は亡霊となって現れ、夫の不実を責めた。   
 単身赴任や外国駐在が多い現代にも存在するテーマであり、まことに身につまされる。夫達は、やむを得なかったと弁解しようとし、妻もそれに理解を示そうと努める。能はそんな多因子、多項目の世界と対極にある世界だろう。 
舞台から部外者を排除し、当事者だけで語らいを深める。これが現代に最も欠けていることであり、世界遺産として認定された理由ではないだろうか。
 世阿弥の室町時代から、ローソクの火で浮かび上がった舞台に我々の先祖は集まった。そして舞台上のものから目をそらさずに、いろいろ思いを巡らしたのだろう。
2008年3月20日

◆ 人生の問いに答える名演奏
「夜と霧」(ドイツ強制収容所の体験記録)の著者フランクルは言った、「人生に生きる意味を問うてはならない。人生が私達に問うている。」     
 生と死について考え悩む若者達にこの言葉を具体的に説明したかったが、今までできないできた。しかし、先日、インターネットの動画サイトY0UTUBEを見ていて、これだ!と思えるシーンを見つけた。   
 高齢のピアニスト、クラウディオ アラウが指揮者に脇を支えられながら壇上にあがった。そしてベートーヴェンのピアノ協奏曲をひきあげたのだった。      
往年の大ピアニストは、共演した多くの団員のミスを許し受け入れただろう。また彼自身、若い時のテクニックを失ない、納得できなかったかもしれない。 
 生きる意味がわからないと悩む若者に話したい、私達は今日という舞台上で問いかけに答えねばならない。ちょっと押したら倒れそうな、こんなお爺ちゃんでも必死に答えている。人生からの問いに答える時、大切な事は他人のミスや自分の不甲斐なさを許す優しさではないだろうか。そして納得できなくても、次を待つ忍耐だと思う。  
2008年3月18日

◆ 恩師への手紙
 葛原先生、長い間のご指導をありがとうございました。私は大学に所属したことがありませんでしたが、松阪中央総合病院に勤務中、葛原先生を迎えての毎月の症例検討会はいつもズシッとした大きな収穫がありました。先生から受けたレッスンを振り返り、私からの感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。
 学会発表する際の注意として先生は言われました。「症例報告では事実の報告が最も重要であり、考察をあからさまに主張すると下着趣味だと嫌われる」。この言葉は、暗中模索の中で一気に霧が晴れる経験でした。当時の私にとって、学会発表は耐え難い苦痛でした。が、これ以後、私の発表する際の気持ちが変わりました。事実の報告が大切なのであり、それを聞かされた医師がどのように解釈するかは、各人に委ねられる。以後、学会発表は私にとって能力がチェックされる場ではなく、皆への奉仕であり、祈りに変わったのでした。キリスト教の牧師の説教に、しばしば「通りよき管」の例えがありますが、まさにその管の役割をおえるようにとの祈りでした。また葛原先生は、「いくら発表しても、ペーパーにしないと残らないよ」と言ってくださいました。決して誇ることではありませんが、私はある年度の一年間、毎回内科地方会と神経内科地方会のすべて、神経治療学会総会、神経学会総会に異なる演題を出しました。当時の私はただ発表できることに大きな喜びを見出して、まことに幸せでした。私の発表を聴いてくださった先生達にとって、僅かながらでもお役に立てられたものと思いますので、論文にできなかったことはお許し願いたいと思います。さらに考察については、人生においても同じように考えられるとわかりました。つまり人生をどのように過ごし、そしてどう考察をするかは各人に委ねられているのであって、先生が勧めて下さったように、あまり各人が派手に披露するものではないのでしょう。
 もうひとつ、「葛原先生の涙」について触れたいと思います。今まで、私は先生が怒った姿を見たことがありませんが、一度だけ、涙を流されたのをすぐ間近でみたことがありました。松阪中央病院での検討会後、岡山のお母様が亡くなられた経過をお話くださった時でした。診断学に特にこだわる神経内科学とトップにありながら、正しく診断することにおいてお母様の力になってあげられなかったという涙であったとのでしょう。学会に、講演に、教授会に…全国を奔走する先生にとって岡山に立ち寄る時間もなかったに違いありません。ひとりの人間が人生をかける仕事をする時、しばしば代償としてこのような辛い体験があるのではと教えられました。私は個人的にひとつ先生に質問したいことがあります。「もし18年前に戻れるなら、三重大神経内科の教授に来られますか」と。多分、葛原先生から次のように返答があることでしょう。「私は私の経験した事実を報告し、考察も率直に伝えた。しかし、これ以上の個人的なコメントは私の下着であって、それを執拗に知りたいということは、あなたには変な趣味があるのでは?」。ということで、このくらいにしておきます。ありがとうございました。
               2007年10月14日

◆ リビングウイル記した責任
尊厳死
リビングウイル記した責任

 尊厳死の宣言書であるリビングウイルを作成することは、自らの行く末を自己決定することであり、尊重されるべき判断だと私は考えている。しかし、臨死期において、これが必ず実施されるという保証はない。その理由には、法制化されていないこと以外に、リビングウイルを発動すべきその時に、作成した個人の存在が希薄になっていることが考えられる。本人をとりまく医療現場を観察し、リビングウイルを記した方の負うべき責任を提言したい。          
本年5月、厚生労働省が発表した「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」では、終末期医療及びケアの方針決定は、患者の意思の確認ができる場合 、インフォームド・コンセントに基づく患者の意思決定を基本とするとある。ここでは、患者の判断力について触れていないが、現場ではその程度によって複数の本人が出現し、混乱している。    
たとえば神経難病の筋萎縮性側索硬化症の患者が、人工呼吸器を拒否する事前指定書を作成したとする。その後、病状は悪化したが、受け答えが可能だったので、意思の確認はできるとみなされた。実際は低酸素や二酸化炭素の蓄積などによる認知障害にあったが、家族の勧めにうなづいたことが同意したと受け取られた。呼吸器が装着された後、本人が状況を理解できるようになり、「なぜつけたのか」と家族を責めた。
この病気の場合、呼吸器によって判断力は回復し、従来の意思を確認できた。だが、他の疾患では回復しないままの経過をとることが多い。
いずれにしろ、リビングウイルで主張する本人と、介助を受ける今の本人が存在する。さらに家族や医療関係者は、各々の都合にあわせて、別の本人を出現させることもある。欧米ではリビングウイルの法制化によって、個人を特定しており、このような混乱はない。       
誰が真の本人かの問いは、わが国では存在しにくい。障害により過去の本人がほとんど消失しても、今の本人に生きる権利があるとの主張が強いからだ。このために身体的ケアが中心になるが、これに関しては、診療の基本に戻り考える必要がある。  
患者は身体的ケアだけでなく、心理的、社会的、スピリチュアルの4つのケアで支えられる。しかし忙殺される医師にとって、多様なケアは困難だ。特にリビングウイルに関わるスピリチュアルケアは欠如している。医療現場では、やむなく身体的ケアに偏るのであり、経営的都合がそれを強固にしている。 
リビングウイルを作成した方々に助言したい。「周囲に変化を期待することは難しい。家族や主治医にあなたの意思が周知されていないから、いらぬ議論が生じる。終末期に意思をめぐって混乱が生じるなら、責任はあなたにある。愛情をもって明確に家族に説明し、尊厳死に協力する医師に、早めに了解を得ておこう。」      

◆ 千の風になって                     ・・・多くの日本人の死生観を変えた歌
 
    私のお墓の前で      
    泣かないでください    
    そこに私はいません    
 この歌詞で始まる「千の風になって」は、昨年のNHK紅白歌合戦で、テノール歌手の秋川雅史氏によって歌われ、大評判になった。多くの人達がこの曲によって、慰められたに違いない。 
    朝は鳥になって      
    あなたを目覚めさせる   
    夜は星になって      
    あなたを見守る      
 亡くした大切な人を、より身近に感じることができ、作曲した新井満氏も、死生観が全く変わったと話している。 
 明治維新以来、日本人は欧米の精神を積極的に受け入れてきた。だがこと「死」に関ることにおいては、日本人の独特な感性が優先してきたと言える。ではなぜ今、「私はお墓にいません」と歌うこの曲が、日本の多くの人たちに受け入れられたのであろうか。私は以下のように考えている。      
 奥ゆかしさや慎ましさを美徳と考えた日本人にとって、亡くなった方の前では、自分のことよりその方のことを思いやることが大切であった。さらに自主的に行動に移すと、身勝手に思われる恐れのためか、皆が一律に悲しみ、うなだれることを礼儀としてきた。しかしこのような私達には、死を日常的に語れないというジレンマが、近年特に強くなってきた。       
 そこでこの曲に出会い、私達は次のように気づかされた。私達が悲しみに沈むことを、亡くなった大切な方々は、決して望んではいないことを。それは、いずれ亡くなる私達自身が、死後に大切な人達を見守りたい、彼らが励まされて生きる力を受けてほしいと切に願っているからだ。         
 私達は、悲しみの淵に立たされても、癒されると信じられるからこそ、その現実に向き合えるのかもしれない。この歌で理解したように、悲しみをしっかり受け止めたなら、慰めもまた格別に大きい。癒しを受ける方法は音楽だけでなく、神への祈り、家族や友人、趣味など、各人各様だ。私達は自分自身の支えを積極的に求めるべきと思う。厳しい現実の前でも、安らかに自らのリビングウイルを明確にするために。
(日本尊厳死協会東海支部季刊誌リビングウイル7月号巻頭言 2007/7/6)

◆ 自分感覚磨き認知症を予防
 
 認知症の代表であるアルツハイマー病は、最近の研究では、 「自分自身の感覚」の中枢が、最もはじめに障害されるそうだ。確かにアルツハイマー病の患者さんは、病初期から本来の自分を失っていくように思う。         
 この「自分の感覚」を鍛えることが、計算ドリルや食事療法などよりも、認知症の予防により効果があるのではと思う。      
 予防に気を使うようになるのは、無論、中高年者であろうが、私はもっと若い頃から必要ではないかなと思う。            
現代社会では、本来の自分とは何か、ますますわからなくなる傾向にある。私達はインターネット上にある仮想世界に身を置くことができる。また私達の周囲の情報が膨大すぎて、まるでサーフィンのように情報の波に身を任せている。
「自分自身の感覚」を維持し磨くことは、今後、難しくなるように思う。次のように自分に問いかけることがいかほどの効果があるかわからないが、自問自答する習慣は、きっと何がしかの効き目があると思う。
「私は誰か、今どこにいるのか、どんな人か」「多くのことを学んできたが、結局、私自身の考えは何か」。

(自分感覚の中枢に関する論文は以下です。両方との神経関係で権威ある雑誌です。
★ Minoshima S, Giordani B, Berent S, et al. Metabolic reduction in the posterior cingulate cortex in very early Alzheimer's disease. Ann Neurol 1997;42:85−94
★Sterling C. Johnson, Leslie C. Baxter. Neural correlates of self-reflection. Brain 2002; 125:1808−1814)                  (2007/5/24)

◆ 女房の小言に夫達は敬意を
 
 なぜ妻はしばしば夫に小言を言うのだろうか。これは世界中の夫婦に共通して存在する現象なのだと思う。このことを脳の構造上の男女差を考えていて、ひとつの理由に思いいたった。
脳は各部にそれぞれ役割がある。左右の脳を連絡する神経の束は、女性の方が太い。このことは女性の方が左右の脳を行き来する情報が、男性より圧倒的に多いことを意味する。
そう考えると、納得いくふしがある。井戸端会議中の女房たちに、あるひとつのデータを投げ込むと、それは絶え間なく彼女達の頭の中を行き来して止まることがない。
有史以来、男たちは未知の世界に突き進んで開拓してきた。それが人間に有益かどうかを、女房達が時間をかけて左右の脳の隅々までデータを行き渡らせて、検証してきたのではないだろうか。そして、有益なものだけを子供達に手渡してきたのだろう。
ここで疑問がある。男女のこの機能分化は、神が人間に与えたものなのか。それとも、アダムとイブが神から離れ自力で世界を拡大していく過程で必然的に備わったものなのだろうか。
いずれにしろ、夫は妻の小言という機能に敬意を払う必要がある。 
(2007/4/6)

◆ リビングウィル 親の甘さが害
 
 治る見込みなく、意識ないままでも人工呼吸器で延命したい。このように言った人に、今まで出会ったことがない。すべての方々が、「家族に迷惑はかけたくない」、「そこまでして生きる必要はない」と率直に話してくれた。     
 この希望をかなえるには、リビングウイルといって、前もって自分が希望する末期での処遇を文書に残しておくのがよい。       
 しかしこのリビングウイルは、日本では欧米のように普及していない。私は終末期にある患者さん達の多くが、なぜ家族に依存し、真剣に備えようととしないのか不思議に思ってきた。
 私達は死を忌み嫌い、日頃の話題に持ち出すのは縁起が悪いと思う。私はさらに、日本独特の親子関係が原因していると思う。   
親は一人で方針を決めたら、親子関係が薄れるのではと恐れる。子供が自分の考え通りにしてくれないというリスクを覚悟で、親が自分にとって最も大切な最期の決断を、子供たちに委ねる。そういう仕方で、子供たちの中に、自分がまだ生きてほしいと願うのではないだろうか。 
 日本では、親が子離れしないと、リビングウイルの普及は難しい。
(2007/2/1)

◆ いずれ来る道 濡れ落ち葉
 
 定年退職後に家でゴロゴロする夫を、疎ましく思う女房は少なくない。彼らは「濡れ落ち葉」のようだと評されたりするが、私は妻達が思うほど男達はみじめではないと思っている。  
 現役を退いた後の虚脱感は、大昔も今も変わらないだろう。男たちは外で働き、夕暮れまで家にかえらなかった。戦い、傷だらけで戻ることもあっただろう。それでも外で働く彼らの力の源になったのは、腹をすかせている家族を食べさせたいという衝動ではなかっただろうか。        
 収穫があって、それが果たされていた間は充実感があった。しかしかつて自分が口にしていた「お年寄りの皆さん、そろそろお引取を」という言葉が、今や自分自身に突きつけられていると感じる。      
 生きがいが見つからず、朝からうつうつとして酒を飲み、首に縄を掛けたくなる時もあるかもしれない。 
しかし私は思う、華々しい活躍をしてきた夫達には、人生を総括するためにそのような時を過ごすことが必要だと。ちょうど御馳走を食べたあとは、残飯整理が待っているように。
 締めくくりに一句、「人生の香り深まる濡れ落ち葉」。
(朝日新聞「声」に掲載) 2007/1/30

◆ 苦悩で神見たベートーヴェン
  ベートーヴェンの第九を聴くシーズンになった。この曲を耳にするたびに、なぜ彼が自殺を考えるほど苦悩したのかと思う。
  自らの才能に目覚めた若い頃、彼はきっとこのように祈ったと思う、「神よ、悩める人々に生きる希望を与える音楽を作れるよう導き給え」。
  しかし、聴力障害をきたし始めた彼は「ハイリゲンシュタットの遺書」を書いた。 ごく僅かの音楽家しか持てない貴重な才能を失うことを、受け入れられないと彼は記している。
  私はさらに次のような深刻な問いが彼にあったと思う。「なぜ、神はこの尊き働きに召しだされた私に、これほどまで逆境をお与えになるのですか?」
  彼は苦悩に真摯に向き合い、そして神から多くの慰めを受けた。悩める人々の魂にしみ込む旋律の数々は、その慰めを忠実に旋律に置き換えたものだったに違いない。苦しみの果てに気づいたことは、若き時に祈り求めたことを、神は忘れずにかなえて下さったということだろう。
  第九で歌われる歓喜とは、自分をいつくしみ育てた神を見出した喜びであったのではないだろうか。
                 (2006/12/17)

◆ 核廃絶訴えた恩師を忘れない
 
拝啓 K先生 先日、私は先生の訃報を知りました。そして私は四十年前、先生の世界史の授業を思い出しました。広島の原爆を経験され、「これを話すことは、私の義務だと思う」と語り始めました。        
 中学生だった先生は、早朝、山に芋ほりに出かけ、閃光ときのこ雲が立ち上がるのを見たこと。市内に向かって走って戻る途中、女学校の校庭に数十名の生徒が倒れていた。やけどはなく、ただ、内臓が飛び出していた。衝撃波のためにこのようになるのだと。市内に近づくにつれ、直接見たおぞましい光景を、先生はリアルに話してくださいました。       
 自宅を探したが、見つからず、両親と兄弟を失った・・・と。そして先生は教室に響き渡る悲痛な声で泣き始めました。   
 ただならぬ雰囲気に、私達は先生の受けた心の深い悲しみの一部に触れたように思いました。辛い話をあえてして下さったのは、教師としての義務だけでなく、核戦争に未来はないという事を実感されていたからでしょう。      
 核廃絶を先生の御遺志として受け、私の子供たちにそのことを伝えようと思います。K先生、ありがとうございました。敬具。(朝日新聞「声」に掲載) 2006/11

◆ モーツアルトの書簡集に学ぶ
 
 ある評論家が、「もしモーツアルトの音楽が何であるか、言葉で表現できたら、彼の音楽はいらない」と言った。しかし、もしあえて言葉にできるとしたら、私はきっと、それは彼の書簡集だと思う。彼の音楽同様に深い愛情に満ちている。 
 父レオポルドへの手紙に、「お父さん、わたしが心から気がかりなことをお知らせください。お元気にお過ごしですか」。妻コンスタンツェには、「ぼくがきみを愛してしているように、ぼくのことを愛して」。亡くなる前に友人に、「それにしても人生はなんと美しいものでしたでしょう。」           
 現代の私達は通信手段の進歩によって、一瞬のうちに大量の情報を送れるようになった。しかし、その結果、ゴミのような大量の情報の中で、本当に大切なものを見つけにくくなってしまった。         
モーツアルト生誕二百五十年の今年、もし現代人に彼が何かメッセージを発しているとしたら、次のようなものではと思う。「限られた紙面のように、私達の人生には限りがある。真に大切なことは多くない。大切に思っている方に、心をこめて率直に手紙を書き送ろう」。
        (朝日新聞「声」に掲載) 2006/10

◆ 私の「不治かつ末期」状態について
 
 末期の方々に接してきて、いろいろなことを教えられた。その多くが今の私の考え方になっている。病気が進行してからでは、難しいリビングウイルを作成できなくなる。心身が衰弱して考える意欲が湧かないからだろう。また終末期という現実から逃げられないなら、無意識にかつ積極的にその問題を認識しないようになるためと思う。これは、少しでも残された日々が安らかにという自己防衛であり、私たちはそういうことをする生き物だと思う。しかし、家族の気持ちを認識せずに「俺のことは放っておいてくれ」と身勝手なことを口にする。これに家族は「ちょっと待ちなさい、それでは困る」と引き止めることになる。まだ配慮が可能なうちに、自らの処遇を決定しておく。家族に思いやりを示しつつ、自分のリビングウイルを説明し同意を得よう。これは、まだ元気なうちに私達に課せられた義務だと思う。                         
                    2006/3/27

◆ 神のなさることはその時にかなって美しい
 
 日頃、私達は実に多くの情報に出会います。脳の記憶中枢には、雑多なデータが流れ込み、記憶の受け皿は常に満杯です。脳では膨大な情報の入力と、不要になった情報の削除がたえず繰り返されています。時として私達は、重要な情報を、ゴミともに誤って削除することもあるに違いありません。これからも多くの情報にさらされながら、私達はいかにして真実で価値あるものを、取捨選択していくことができるでしょうか。
 ここに、アインシュタインの方程式があります。     エネルギー=物体の質量×光速の二乗
わずかこの一行の公式が、原子レベルから宇宙までも包括した真理を説明しています。なんと簡潔で美しいことでしょう。
 私達が貯えた情報の山が、価値あるものか否かは、それが美しく、かつシンプルであるかが、ひとつの判断基準になると考えます。
 「御子を持つ者は命を持ち、神の御子を持たない者はいのちを持っていない。」(Tヨハネの第1の手紙5:12)この教えもまことにシンプルであり、例外規定や難解な解釈は不要に思います。複雑な世の中になりつつあっても、私達は主イエスにある簡潔な教えに注目したいものです。複雑よりは単純を、巧みよりは平易さを求めて、私達は今年も主とともに歩むことを願っています。(旧約聖書 伝道の書3章11節)

 ギデオン協会三重支部だよりに掲載  2006/2/18

◆ ホリエモン殿ご苦労さま
 善か悪かわからない空間に男たちが命がけで飛び込み、開拓してきた。知的空間であれ、物理的空間であれ、大昔からそうしてきた。
 そして女たちが、その結果を検証し、次世代の子供たちに有益な部分だけを手渡してきた。その意味で、歴史は女たちが作ってきたと言える。      
 ライブドアの堀江元社長は、証券市場に未開地があることを見つけ、飛び込んでくれた。突き進んでいく中で負の評価を受けることになったが、結果として不具合のある監視監督機構が鍛えられ、より強固なシステムを作り上げられるのに役立った。    
 堀江元社長は実に男らしい仕事をしてくれたのであり、心から「ご苦労さんでした」と言ってあげたい。
 ところで、未開な地に足を踏み込む前、それが社会に有益か否かの見極めは不可能だ。世界がこれほど有機的に拡大してきた現代、一人のホリエモンが世界規模の悪影響になる可能性もある。
 世界が成熟してきた現代、我々男たちはそろそろ古代から続けてきた無謀な若者のような生き方を捨てて、「定年をむかえた熟年夫婦」のように、堅実な生き方を見習う時期にきているのではないか。 

                  (2006/2/9)

◆ 今の私からその時の私へ

 力なくベッドに横たわり、残された日々が僅かと思われる患者さん達を、大勢診察してきました。そのたびに私の胸の内に示されるのは、「私にもいつか同じような時がくる」という確かな現実でした。    
人生という旅路で、きっとその時、妻に言うと思います。「もう歩けない。死が二人を分かつまでと誓ったが、今がその時だ」。      
 主治医や家族が私への対処について話し合うことでしょう。そこで私は皆が戸惑わないように、熟慮してリビングウイルを作成しました。            
しかし、「今の私」から「その時の私」であるあなたに、ひとつ念を押しておきたい事があります。臨終のあなたは、心身の耐えがたい苦しみや痛みに身をおいていることでしょう。そんな厳しい状況にある時、何かを強いるのは辛いことではあるが、それでも敢えてお願いしたいのです。    
 それは、残される家族に対して、思いやりを示すことです。目前の死に向き合っている時、あなたは、悲観的になったり、自分のことだけを考えてはいけません。自ら尊厳死を望むが、家族から去ることを決して望んではいないことを明確に伝えねばならないのです。            
 たとえば、このように言う事ができます。「意識がなく、回復の可能性がないまま、チューブにつながれ続けるのは、私には耐えられません。それより、私は天国から皆を見守りたいのです。皆がお父さんと話したい時はいつでも、こんな時はお父さんならどう考えるだろうかと問いかけてください。私は皆の心に必ず答えます。」          
  家族の微笑みにあなたが囲まれているその時、あなたは「今の私」に対しても次のように語りかけているように思います、「この世を去る瞬間よりも、あなたが生きている今が大切なんだよ。有意義に自分らしく生きてほしい。真の尊厳ある死は、今日という日の積み重ねにかかっているのだから。」      2005/12/23 

(日本尊厳死協会30周年記念行事「尊厳死への私の思い」作文コンクール優秀賞)   

◆ 人の心にあるアウシュビッツ
 読書の秋にふさわしい読み応えのある本に出会った。フランクル著の「夜と霧」だ。ドイツ強制収容所の体験記録という副題が示すように、アウシュビッツでの彼自身が経験した事実を記している。    
 ひとりの心理学者が生きながらえてあの地獄絵を記録しただけでなく、清い愛の心を保てたことは奇跡だった。
 神が一人の誠実な人を選び、ダンテの地獄以上の惨劇を体験させ、そして後世に生きる者達に、「絶望してはいけない」と説いているように思えた。  
 著者は、収容所内で仲間たちに語った。明日ガス室で死ぬ身でありながら、それでも今日生きる意味があることを。読みながら、しばしば涙で活字が見えなくなった。
 日本では毎年3万人もの人が自殺している。虚無や絶望に陥って抜けられない方々は、その数十倍はいるだろうと思う。アウシュビッツの現実は、決して歴史のひとコマではなく、多くの現代人の心の中にも、形をかえて存在しているに違いない。       
 自殺しようとする方達が、フランクルのメッセージに触れずに世を去るとしたら、実にもったいないことだと思った。
          (朝日新聞に掲載2005/10/23)

◆ 乏しさの中で 生きる力養う
 15歳の少年による親殺しがあった。「オヤジなんて殺したいほど嫌いだ。母さんは忙し過ぎて死にたいと言っている。辛くて見ていられない」。このように行き詰まっている高校生に対して、父親として何ができるか考えてみた。
 いきなり荒療治ではあるが、息子を連れてどこかのジャングルでサバイバル生活をしたい。水や食べ物は充分になく、きっと二人して困り果てるだろう。しかし、なんとか乏しい知恵を出し合って生き抜くことを教えてあげたい。 
 飢餓状態になったら、蛇やトカゲも御馳走に見えてくる。そしてきっと息子はわかるだろう。今まで忌み嫌っていた蛇のようなグロテスクなものが、実は生きる糧になることを。そして嫌いな父親でも、意外に役立つことがあることを。   
 若者達は、高い記憶容量や情報処理能を志向するように訓練される。しかし、あえて乏しい知識や弱々しい体力で何とかやり繰りする能力も同様に習得することが必要だと思う。           
 弱肉強食のジャングル社会に向かいながら、行き詰まっている若者達におすすめしたい。つつましく、けなげに生きることを。            (朝日新聞2005/7/16)

◆ 自分の最期の意志記す責任
 総論より、各論から読んだ方が理解しやすいことがある。
 思えば私達は「人間」という難解な書物を、自分という各論から学んでいる。時々、「これが人間なんだな」と、総論の一部を知らされる。しかし、ほとんどの時間は、自分という各論と格闘し、他人のものまで読みきれずにいる。
 総論のページを開くのは、きっと老いてからのように思う。しかし難解な総論を老年期になってから読んで何になるのだろうか。もしや人間に関するすべてが各論であって、総論は不要かもしれない。
 臓器移植法改正のため、「脳死を死とする」ことについて論議されている。いずれ決着し、新たな法が施行されるだろう。だが私達はそれを、総論にふさわしい標準的な死であると見なすことが多いと思う。法は時代や社会によって変るものであり、これも各論の域を出ないのではないか。
 延命や延死の問題で家族や主治医に迷惑をかけたくない。心からそう願うなら、どのような法が施行されようと、自分の最終章は自分で書き上げ、自らの意志を明確にさせておかねばならない。
            (朝日新聞に掲載2005/5/31)

◆ 知りすぎても、知らなさ過ぎてもいけない
 「転ばぬ先の杖」こそ、生きるうえで大切と考えてきた。そして多くの方々にもそうすすめてきた。
 アルツハイマー病の患者さんの場合、私は御家族に今後、いかなる状況が繰り広げられるか、説明してきた。今後に想定される介護、専門医のいる病院さがし、介護支援の依頼、家族が備えるべきものなど。しかし、それは詳細すぎると、将来への備えは準備万端かもしれないが、我々の注意は常時、それらへの配慮にむけられる。まるで記憶容量いっぱいになったコンピューターが、重い情報を引きずって作動しているかのように、きっと我々の足取りは重くなることだろう。
 思えば、我々はしばしば行き当たりばったりの行き方をしている。父親になるとき、父親学を学ぶことはなかった。医長になる時、医長学を学ぶことはなかった。このために、行き当たりばったりの仕事ぶりで、患者さんだけでなく、同僚にも迷惑をかけた。
 私達は何も知らされないまま、前進しているが、もし知らされるなら、そのあまりの仕事の大きさ、深さ、奥行きにたじろぎ、そしてその職務につくことを躊躇するだろう。適当に先を読みながら、適当に対応する。かぎられた時間と空間中では、私達はそういう「行き当たりばったり」的な生き方で、幸せを得ているのかもしれない。

◆ 香りの効果で歴史生き生き
 次のようなクイズをつくってみた。キリストの「最期の晩餐」のとき、部屋中にある香りが充満していた。それは何の香りか。
 ヒント@キリストから発せられていた。ヒントA当時の埋葬につかわれた。
 正解は、ナルドの香油。当時としては非常に高価であった。晩餐の直前、イエスはマリアから埋葬の準備のために、壷に入ったこの香油を全部、頭からぬられた。
 どのような臭いか、アロマセラピーの店に注文して、取り寄せてみた。濃厚な原油は、はじめ土のような古い臭いだった。しかし、それが時間とともに稀釈され、半日ほどで甘く、かぐわしく、高貴な香りに変貌した。
おそらく、晩餐の席で「うらぎり者がいる」と言われてイエスに詰め寄った時、弟子達が嗅いだのは、かなりまだ濃厚な臭いであっただろう。その後、時間が経過するにつれ、稀釈されていった。イエスが鞭打ちの刑を受けた時、ゴルゴダの丘に向かう時、そばにいた人たちは、「このお方はすでに埋葬の備えができている」と直感しただろう。そして残酷な刑とはかけ離れた清らかな香りをイエスから受けたにちがいない。
歴史に臭いをつけてふりかえると、より生き生きとなって理解が深まると思った。

◆ 冬の星空見上げ人の豊かさ思う
 モーツアルトは、死後、しばらく世間から忘れ去られた。その間、彼の楽譜や書簡は、すべて、妻のコンスタンツェが保管していた。世が忘れても、夫の業績を忘れず守ってくれた意味で、彼女の業績も高く評価されている。
 しかし、この世界では、「コンスタンツェ」のいなかった「モーツアルト」が、数え切れないほど、大勢したのではないかなと思う。記録にとどめられなかった名作が、またその作者が、実は山のように多く実在したのではなかろうか。
 一人の恋人のために捧げられ、公にされなかった名曲。出版されなかった詩集。人目にさらされずに朽ちていった絵画。録音されなかった名演奏。録画されなかった名演技、書きとどめられなかったノンフィクションドラマ、etc。
 記述され、確認できるものだけが人間のすべてではない。流れ去ってしまった美しい瞬間、書き留められなかった価値ある諸事実が、確かにあったに違いない。私達はそれらを、永遠に知ることはできないかもしれないが、記録された事実よりも圧倒的に多いだろうとを思うと、人間の可能性を信じ、心豊かになれるような気がする。
 冬の夜空、無数の星を見ながら、はるかに多い光らない星の存在を思う。
 

◆ 冬のソナタのヨン様へ
 拝啓 ヨン様

 我が家の女性達は、今やあなたに夢中です。何が魅力なのかと問うたら、妻が優しさよと言いました。
 男でありながら、汗臭さを感じさせないヨン様を心で「甘すぎる」と思い、年頃の娘達に、「いい男を見すぎてはいけない。現実を受け入れられなくなるから」と注意したものでした。しかし、ひとりでこっそりテレビを見て、私もあなたに夢中になってしましました。
 日本・韓国を問わず、女性達の社会進出は目覚しいものがあります。力仕事以外、すべての分野で女性が男性を凌駕する勢いです。「俺達にこそ、やさしくして欲しいよ」、多くの男達のぼやきが聞こえてきそうです。
 変貌していく社会の中で、男女のあり様も知らず知らずに変わっていくでしょう。しかし、女性がいかに強く見えようとも、「彼女達は愛され、やさしくされる存在なのです。そういうことを男達は忘れないで欲しい」と語っておられるようい思います。
 冬のソナタにこめられたこの強いメッセージに、心から感謝します。貴殿のさらなる御成功を願い、次回は男の立場で、泥臭く演じられるように期待いたします。敬具              (朝日新聞に掲載)

◆ 痴呆症という解決
 我々の多くは老いても、痴呆にはなりたくないと願っている。しかし、高齢で痴呆症のない方々と話をしていると、しばしば次のような言葉を聞く。    
「生きる事に、ほとほと疲れました」、「この年になって、何のために生きねばならないのか」。     
 痴呆にならずに生きぬくことも、きっと容易ならざることなのだろう。老いの問題について考えているうちに、私は、痴呆症が人生を締めくくる一つのライフスタイルのように思えてきた。        
 通常、老いても痴呆でないことは、好ましいことのように思う。しかし、彼らが直面する現実がある。たとえば、記憶が保たれるために、積み重ねた苦しみや悲しみも、忘れることができない。世の中のさまざまな矛盾や不合理を見ぬいても、沈黙することしかできない。老いのどうにもならない問題を、痴呆がないが故に、認知してしまう、など等。         
 老いて元気な方達もいるが、一般的に加齢によって、すべての身体機能が低下する。体力の衰えとともに、運動不足になり、足腰の筋力は低下する。脳神経細胞のネットワークは衰えて、視覚や聴覚からの入力も激減するので、廃用性にも劣化する。齢を重ねるにつれて洞察力が増すというのは、ほとんど幻想にすぎない。 
 一方、健常な社会人に目を向けると、彼らも実に多くの問題に囲まれている。それらへの対処を考えると、痴呆症ではないが、彼らにも同様な記憶・認知障害があることがわかる。   
 我々社会人がもつ問題とは、職場や家庭内の些細なもめごとから、地球の温暖化、人口爆発、食料問題、テロの恐怖などの国際的な難題まで、数え切れない。
 我々がもしこれらに真摯に対するなら、限りなく噴出する問題の中で、日々を暗く辛いものにするだろう。そこで我々は一部の問題に積極的に取り組む一方、感度を下げて、他は問題としないという処理方法をとっている。        
 たとえば、無関心になったり、解決能力がないというのを理由にする。また自らにとって都合が悪い場合、自身の記憶中枢から情報を削除し、意図的に自分が認知できないようにすることもある。        
 ほとんどの現代人が、私を含め日常生活で頻繁にこの手法を使っている。認知できないのではなく、認知しないこのスタイルは、疾病ではなくて合目的かつ、積極的な認知障害と言えよう。          
 老年痴呆症の患者は、喜びや希望を口にすることがないが、生きてきたことへの愚痴や、境遇を嘆くこともない。痴呆症は自ら選択して罹患できるわけではないが、人生を締めくくるひとつのライフスタイルとして、選択できればいいと思う。          
 老年痴呆の患者さんに、私は一言お伝えしたい。「認知障害という極めて人間らしい方法で、人生を総括されるのですね。生きてきたことを後悔せず、またこれからも生きることを疎まない。それだけのために、蓄積した一切を捨て去るように私には思われます。あなたのこの潔さと生きることへの肯定に、心からの共感と敬意を奉げたいと思います。」         

◆ 不合格通知でよりたくましく 
 「サクラジマフンカゼズ」、「フグドクアタル」「ダイブツノメニナミダ」。これらは大学受験の不合格通知であるが、見方によっては合格通知より価値がある。
 私もかつて東北のある大学から「ミチノクノナオユキフカシ」をいただいた。秋田美人の彼女を追って受験したが、大学にも彼女にもふられてしまった。遥か昔のことながら、桜の季節になると今だにミチノクを懐かしく、切なく思い出す。
 しかしこの電文は、青春の未熟さを情感こめてさとしてくれ、当時の私にとって貴重なものとなった。
 不合格だった受験生諸君にお伝えしたい。この社会では、四十歳を過ぎてからも挫折したり、不合格と言われることがある。働き盛りになってから世をはかなむことのないように、若いうちにしっかりと免疫力をつけておいてほしい。
 その意味で、目標にアタックして拒絶されたショックは、カウンターパンチのように強烈なほどよかったのだ。
 若いほど心の傷は早く癒されるのであり、また一度崩れたものが快復する貴重な経験になるのだから。
              (朝日新聞に掲載)

◆ 火を見る機会失った現代人
 友人達と山でキャンプをした。薪の炎を見ながら、話は少年犯罪から古代人の気持ちにまで及んだ。
 大昔からごく最近の時代まで、人間は囲炉裏を囲み、そして炎を見つめながらいろいろ考えてきたと思う。子供達は、暖かさや美しさ、不思議さを。大人は、家族団欒の平和を感謝しつつ、山をも焼く尽くす怖さを。老人はそれが与えてくれた恩恵と最期に焼かれるという現実などを。
 皆が押し黙って火を見つめ続ける時間が確かにあった。しかし、現代人はほとんど、そのような機会がなくなった。明かりは電燈であり、火はガスコンロの青白い炎である。 
 昔からさまざまな信仰で、火は特別な存在だった。たとえば聖書には「私(神)は燃える火です。」とある。巨大な火の塊ではなく、ごく日常の小さな炎の明かりの中に、人々は絶対的存在を身近に覚えてきたのかもしれない。
 我々は、火と向き合うことがなくなるにつれ、自分が罪ある者、弱き者であるという認識が希薄になってきてはいないだろうか。少年犯罪を憂える前に、多くの現代人が、自分はいずれは焼かれる者として、もっと慎み深くなることを学ぶ必要があるのではと思った。
                (朝日新聞に掲載)

◆ マジックで見た幸せのヒケツ
 先日、鳥羽のあるホテルで、マジックショ−を見た。次々に繰り広げられた不思議に、ただただ驚いて歓声をあげた。
 当日のフィナーレは、マジックの神様の妙技だった。健康上の理由から、これが最期の来日と聞いた。私達は芸術を感じ、プロの仲間には涙を流している者もいた。
 オープニングで、司会が「どうしてそうなるのかと考えないで、単純に感動してほしい」と勧めていた。この言葉から、世の中で幸せになる秘訣について考えさせられた。
 幸せを得たい人と、幸せを与えたい人がいた時、両者は相補的なペアになっている。
 幸せを与えたい人は、マジシャンのように、技の研鑽をしている。そして演技を喜んでくれる人がいる事が、力になる。
 一方、幸せを得たい人は、だまされているとは思わず、素直に喜んでいる。そして自分のために一生懸命になってくれている事に感謝している。
 つかの間の人生なら、真実か否か検証する時間はとても少ない。ある人から幸せを受けたら、その方と自分のために歓声をあげたい。たとえ、それがまやかしであっても。
 また幸せを与える人にもなりたい。決してトリックは明かさないようにして。
               (朝日新聞に掲載)

◆ 涙を流し祈るケシの花
 スペインの歌劇サルスエラに、「彼女は決していかがわしい女ではない。彼女は泣いていた、祈っていた。」という歌詞がある。私はケシの花のような女性だなと思った。
 ケシ科の花には、スイートピーやヒナゲシがあるが、あるケシの花は麻薬をつくる性質がある。多くの花のなかで、これほど犯罪にまみれた花はない。しかし、その花に偶然、麻薬をつくる作用があったかもしれないが、悪用したのは、醜悪な人間だった。
 私は以前から、この世の創造物には必ず、目的があって存在すると考えてきた。ではケシの花が麻薬を作った目的は何だろうか。
 シュバイツア―は、この世で最も耐え難いものは、痛みであると言った。癌の末期、骨に転移すると激痛が生じるが、その癌の痛みに対して、唯一麻薬だけが効果がある。
 きっと天地創造の神は、ひとり苦しむ癌患者さんのために、ケシの花に強力な鎮痛剤をつくる役割をお与えになった。またその崇高な働きにふさわしい装いまでも与えてくださったのだと思う。
 私は、癌の末期患者さんの枕元にケシの花を置いてあげたいと思うようになった。その方の傍らで涙をながし、祈る花として。
                (朝日新聞に掲載)


◆ 閑古鳥の子育てに学ぶ
 昨年の春、わがクリニックの中庭に野鳥が巣をつくった。何の鳥か、県文の図書館に行き、図鑑で調べてもわからなかった。すると、誰が言うともなく「閑古鳥かな」が、「それにちがいない」と決まった。閑古鳥が巣まで作るとは予想しなかったが、野鳥が巣を作ってくれるとは、光栄なことと思った。ともあれ、私はひとツガイの野鳥夫婦の巣作りから、子育て、巣立ちをつぶさに見ることになった。
 親鳥は、育児だけに専念して餌を運んだ。10〜15分間隔で親鳥は口ばしにエサをくわえて帰ってきた。周辺を警戒してか、はなれた軒先から入って小走りに巣に戻った。4羽のヒナもよく食べた。親鳥が巣から飛び立つときは決まって子供達の白い糞をくわえていた。約4ヶ月後、巣立ちの日、3羽は5分ほどで飛び立ったが、1羽は中庭に舞い落ちて、地面を走り回っていた。そこを2羽の親鳥が周囲を飛び交い、まるで「危険だから、早く飛び上がりなさい」と叫んでいるかのようであった。それから1時間程して見かけた光景は、実に興味深かった。小鳥と一羽の親鳥が向き合ってじっとして動かないでいたのだ。きっと、親鳥は母親であったのだろう。生物の社会は人間も鳥達もおなじなのだなと、身につまされる思いだった。しかしその子鳥も、2時間ほどして舞い上がって行った。
 静かになった中庭で、私は何ゆえに親鳥は子供達をこの大空に送り出したのかと思った。きっと「お前達の生きる場は、狭い巣ではなくて、この広い大空なのだよ」という願いからだろう。大空がいかなる所かを知っているからこそ、真剣に、必死に、かつ自信をもって押し出したに違いない。
 では人間の場合、鳥の「空」に相等するものは何だろうか。それはきっと「知の世界」に相違ないと思う。そこで幸せになってほしいために、親は必死に育てあげるのだろう。
 しかし、この世に我が子を送り出すことに、私はいくばくかの不安を抱く。自由意志をもつ子供達は、自ら思考して行動する。限りない好奇心が、人間の英知を拡大してきたとして、未知の空間に飛び込む者もいる。もしそこから帰還できたなら、知の空間の拡大に貢献し、評価されることもあろう。しかし、他方で犯罪と堕落の空間を旅したものとして負の評価を受ける場合もある。一人で辺境を飛び続けていて、多くの人骨を見て、自分も帰ることができないとわかることもあるに違いない。生きて帰ることと引き換えに真理を知る者もいる。ほとんどの自殺者は、孤独の空間をさ迷い、引き返すことができなくなった方達だ。
 親が子の幸せを切に願うなら、親は何を子に託すのだろうか、また何を強いるのだろうか。そこで思い出されるのは、旧約聖書、創世記第2章だ。「神はアダムに命じられた、あなたは園のどの木からでも取って食べてよろしい。しかし、善悪を知る木からは取って食べてはならない。」
 この命令に逆らい、アダムは禁断の果実を食べ、神に対して罪を犯した。この章は、「原罪」とは何かを知る重要な部分であるが、私は今まで「なぜ、善悪を知ってはいけないのか」充分には理解できないでいた。私は成長期にある3人の子供の親であるが、閑古鳥の子育てを観察して、なぜ神がアダムにそのように警告されたのかを理解した。
 子供の幸せを願う親達は、神がアダムに警告したのと同様に子供達に警告する。「いかなる知識の実も取って食べてかまわない。しかし、毒のある知識は食べないように」と。「きっと子供達はこの世の裏表を知りたいと願うだろう。しかし悪に裏打ちされた善など、知らなくてもいい。過度な好奇心の生き方を選択すると、あなた自身と家族を危険にさらすことにもなる。家族をつらい状況に置くことになっても、なお追求するに値する知の世界はない。誰も知らない洞穴には、決して足を踏み入れないように。暗闇の空間に飛び込まないように。これらの戒めを、苦い経験をしないで理解する者になってほしい」。
 ダビデの祈りに、「わたしはあなたの戒めを守るのに、すみやかでためらいません。たとい、悪しき者のなわがわたしを捉えても、わたしはあなたの掟をわすれません」とある。我が子らも状況によっては自らの意志を捨て、このように祈ることができるなら、私も閑古鳥の親と同様に子供らを信頼し、知の大空に解き放つことができると思う。


◆ 子供達に語れ明るい未来を
 愛知の未来博が近づいている。今の時期、未来を考えることはとても重要だと思う。
 かつて未来学という言葉があったが、最近ほとんど聞くことがない。確かに、 先のことを語るのは困難になりつつある。
 中東紛争の行方、テロ、新型肺炎などのために、数ヶ月先を予想できないのだから、遠い先のことなど考えられるはずがない。
 現代の我々大人は、目前にある数多くの問題のために、その先が見えないでいる。語りたくても語れないのだ。しかし、大人が子供達に未来を語らなかった時代が、かつてあっただろうか。
 大人達のこうした変化に、子供達は敏感に将来の危うさを感じ取っている。 「なんとなく僕達には、未来がないような気がする。」こんな空気が、子供達の心に蔓延してはいないだろうか。野心や夢を消滅させ、その結果の一つに、学習意欲の低下もあるのではないだろうか。
 もし、親が子供のために命を捨てることが出来るなら、ここは命がけで、明るい未来造りに取り組まねばいけない。
 未来博で示される未来が、単なる空想ではなく、子供達に確かに明るいと感じさせる根拠があって欲しい。そのためにもまず我々自身が、そう確信するものにする必要がある。

◆ 歩きつつ重荷 下ろす高齢者
 終日臥床にある82歳の母親を見舞った。遠方にいるため、年に数回しか会えないが、会うたびに母そのものが、少しずつ失われてきたのを見てきた。
 骨折して車椅子になったとき、旅行好きであることをやめた。目が不自由になったとき、書道をしたことを忘れた。そして私が誰かわからなくなった今回、息子との会話をやめた。
 そして今残されているのは、土の器にやどされた生命そのものだと思う。だがそれは、圧倒的に大きかった母の存在のごく一部にしか過ぎなくなってしまった。
 高齢の方達を見ていると、彼らの世の去り方は、歩きながら荷物を一つ一つおろしていくのに似ている。 長い人生で積み上げたものを一挙にかなぐり捨てるには、本人も家族にとっても大きすぎるのだろうか。
 親戚や家族、友人達の記憶。生き生きとしたコミュニケーションを楽しむ能力。散歩にでて草花の香りを味わえる情感。これらを彼らは私たち家族が気づかないうちに、そっと手放している。
 土の器を死をもって死とするには、最期の数年間、何かが足りないように思える。母が私を認識しなくなったとわかった日、実質的な別れの時が来たと思った。私をこの世に送り出して下さったことに、感謝の祈りをささげた。 
我々は高齢者と会って、まだまだお元気だと直感しても、それは単に土の器の元気さから憶測していることが多い。

◆ 多様な価値観  食い潰す英語
 最近、英語が巨大な怪物のように思えてきた。
 日本語、中国語、英語を話す中国のある女性歌手が、ラジオでこう語っていた、「話す言葉で性格が 変わる。中国語の時、捲くし立てる元気さがあり、日本語では物静かで礼儀正しくなり、英語では明快で率直になれる。」
 言語と国民性とは、密接なつながりがある。米国が多民族国家でありながら、強大な国になれたのは、肥沃な国土と、まさに英語という言語のためだったのではと思う。
 英語による会議中、争点は常に明快に表現される。結果を尊重する考え方をするので、経済的、軍事的、科学的に発展できたのかもしれない。
 「人間世界とは何か」というテーマがあるなら、各民族について各々の言語で記されねばならない。逆に、多様な人間性を詳細に記すのに、それだけの言語が必要だったとも言える。
 現在、インターネットやグローバリゼーションによって英語は、世界共通語の立場をさらに強くしている。英語で表現できない世界は、過小に評価されていく運命だ。
 明快さや実務的な価値が尊重されるあまり、食いつぶされていく多くの文化や価値観がある。そして、それは、「人間世界」の貧弱化、矮小化を意味すると思う。
                (朝日新聞に掲載)

COPYRIGHT(C) ベタニヤ内科・神経内科クリニック ALL RIGHTS RESERVED.